青空エール

2016/08/23 MOVIX堺
7/10

「ちはやふる」の主人公ってのは
元々なかなかに才能ある女子として
登場するわけで
あとは周りが彼女の天然な頑張りっぷりを見て
ついて来てくれるかとか
思い込みだけではやっていけず
テクニック以外の知恵も必要だということで
戦略性という名の
「いやらしさ」を加味させるだとか
まぁ色々とあるわけだけど

今作の小野つばさ(土屋太鳳)というのは
才能どころか経験さえない女子として登場し
ただただ 応援のための演奏がしたい
という一途な理由によって
ひたすら上を目指すメンバーで構成されている
吹奏楽部へ転がり込んでくる
まぁこちらもいわば天然なわけで
カルタとはなんぞや というところから
説明されている千早のような・・・

って思ったんだけど

いやいや それは違うでしょ と

つばさは決して千早には還元されない
ある独特の空気を持っているんだということで
振り出しに戻るわけで・・・

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つばさが応援したい
大介(竹内涼真)というのは
才能という点から言うと
千早に近いわけですね
先輩の引き抜きで入学してくるだけあって
目指すものもスケールがデカい
自分にプレッシャーかけるように
「甲子園へ行きます」宣言するあたり
まだこの時点では
バカなのか天才なのか
判断つきにくい部分があるわけだけど
そのプレーぶりを見るに及ばす
彼のまっすぐに相手を見据える目と
シンプルだけどどことなくヘビーな言動が
野球バカであることをしっかりと物語り
もし大介がかるた部だったら
もし千早がキャッチャーだったら
なんていう馬鹿げた妄想を
掻き立ててくれるかと思ったんですが・・・

いやいや これも違うぞ と

そもそも問題の立てからして
これは違う・・・

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先天性という見地からすると
もともと顔が上がってる人と
うつむいてばかりの人
という決定的な「テーマ」の相違
があるわけですね

相手を正面から見られる人ってのは
少々落ち込んだって
周りの心ある励ましでまた元に戻れる
という仮説に基づいて物語を進行できる
というのに対し
ずっとうつむいてばかりだった人は
誰かのおかげでその誰かの目を
まともに見られることになっても
ひどい事態のせいで
また下を向くことになってしまったら
今度はいつ立ち直れるのか
もしかしたら取り返しのつかないことに
なっていやしないか
という現実性を踏まえた不安に
苛まれるわけです
見ているこっち側からすれば

ただですね
これは「リアル」を前提とした
物語の場合であって
今作の場合は
全編に「ファンタジー」なディテールが
溢れかえってるんで
どうやらアンハッピーでは終わらないぞ
というのが透けて見えるんです
風景描写しかり
音楽の鳴らせ方しかり
何より現実ではありえないような
主人公2人の絡み具合と
それに乗っかったセリフ
間違っても「ファンタジー」ではないとは
口が裂けても言えない展開に
開いた口がふさがらない と
嘆く人がいてもなんら不思議じゃない事態に
とりあえず身を任せられるかどうかが
最大の鍵となる
と言っても過言ではありません

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ファンタジー性という点では
「俺物語!!」原作者だと聞いて
フムフムなんですが
一本調子をウリにしてたかどうかはともかく
あちらと全く違ってるのは
豊かな横への広がり方なんですね
もともとの原作がどんなで
どのように改変されてるのかは
全く知らないですけど
ここで見られる
キャラの広げ方とバランス感覚は
特筆ものだと思いますよ
主要キャラの誰も無駄死にさせない
という信念さえ感じる構成
「くちびるに歌を」で魅せた
脚本 持地佑季子
監督 三木孝浩 のハーモニー
ここでもしっかり健在です

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帰着点が分かってしまってる故
おのずと重要になるのは
そこへ至る過程なわけですが
原作からしてそうなっているとはいえ
決してトントン拍子に事が進んで行かない
という崩し方も
ちょっと綺麗すぎるのでは
という批判もありそうですが
私は全く問題なしでしたね
というのも
それによってその人がどうなってゆくのか
っていうのを
ちゃんと描写してくれてるからなんです

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「敗者の佇まい」

一旦負けてしまった人間たちが
画面の中でどう振る舞うのか

部活やめてくれないか と
水島(葉山奨之)にマジで言われるつばさ
足首に致命傷を負った大介
思うように演奏できない事が明るみとなる
森優花(志田未来)
優花へのペナルティーは
「正しさ」ではあるが「妥当」だったのか
と悩み 単独で彼女の家を訪れる春日瞳(小島藤子)
大介を自分へ向かせられない澤あかね(平祐奈)
澤以上に大介を想ってるかもしれぬ城戸(堀井新太)
そして
つばさの存在自体を批判してた自身を
いつしか批判し始めてる水島

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傍目には明らかに つばさ自身が
負けてしまってズタボロなのにも関わらず
決してそれを認めようとせず
顧問に個人レッスンを申し出
部室に独り居残りひたすらに吹きまくる
ある意味 病的であり剛田的でもある
彼女の一直線な生き様を
目の当たりにすることで
周囲にどんどんどんどん変化が生じる世界観を
非現実的だと容易に顔を背ける自身の態度に
言い知れぬ違和感はなかったですか?

何を隠そう この映画
このこと以外何も言っていないことで
ある種 凄みさえ帯びているのですよ

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上手くなりたいとか
トップを目指すために練習するんじゃない
大介を応援できる現場に立ちあえる為
まずは みんなの足を引っ張らないことこそが先決
その結果 メンバーに選ばれたのなら幸せ者である

多分表面に浮き出る意識としては
この程度のものなのであろう
にも関わらず
そのつばさの頑張りっぷりが
ハンパないレベルだとしたら?
という実験結果が
彼女の上達ぶりではなく
周囲の反応として画面に焼き付けられたら
一体いかなる化学反応を巻き起こすのか
という「ファンタジー」こそが
今作であり
基となった原作ではなかろうか と

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相手の目を見つめることが
見上げることへと自然につながってしまう
という「ファンタジー」と
言い換えることもできますね

1.5倍ほどの身長差によって
つばさの相手役に抜擢された大介の
1番の役割は
彼女の顔を上へ向けてやることに他なりません

Watch the Sky!
流れ星に願いを伝えるように
大介を仰ぎ見る映画的「正しさ」
やがてその方角は
病院の屋上で演奏を見下ろす彼となり
その彼が放った
逆転さよならツーランホームランとなる打球へと
見事な変貌を遂げます
空高く舞った白い球は
勝つためのものではいささかもなく
“見上げる”ためのものであったという
まさかの映画的「リアル」

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「リアル」を重んじた「がんばれベアーズ」のように
ホームでタッチアウトとされて万事休す
なんてことは ここでは起こりません
アウトになる心配無用のホームランが
つばさと大介の高低差のあるキスシーンへと
なだらかに横滑りしてゆきます
「美女と野獣」のように2人を絡ませたカットが
まさかこれほどまでに繊細極まる
画的伏線になっていようとは と
改めてそのディテールの緻密さに
裏打ちされた展開に驚かされます

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吹奏楽部の演奏によって
驚異的な回復を見せる大介の足首具合に
いちいち引っかかっててはいけません
回復スピードに疑問を呈するのではなく
なぜにそのような回復力を
あえて持ってきたかをわざわざ考察してみよ
と 映画はささやきかけています
テンションだだアガリにならざるを得ない
大介の途中出場ではなく
バッターを三振に打ち取る
定番バッテリー復活後の
城戸の「遅えよ」でもなく
ただただ 映画は
大介の放つ青空をバックにした
サヨナラの白球が欲しかったのだ
ということ

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このような「ファンタジー」まみれの中にあって
唯一 その外側に立つ人物がいます
職員室で嫌味を言われ続け
顧問としての最後の年だと決意してた
杉村先生(上野樹里)

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彼女のあの
おかしなことになってるかも的な眼力
そのイっちゃってる目力によって
線の細さをも逆手にとるスマートさ

つまりは
彼女たち彼らを
「ファンタジー」の枠から飛び出さぬように
監視する役目を担ってるわけですね
彼女こそこの映画のゲームメイカーであり
「実写」なのですよ

水島がいるにも関わらず
今年度で顧問を降りることを
バラされてしまった瞬間の
水島目線カットによる彼女の後ろ頭

この映画で唯一の実写映像ですアソコ

いっさいのCG処理なしに
彼女の後頭部から何本もの直線が
飛び出てたのに気付いたでしょうか?
私のいつもかけてるメガネ
3D兼用なんで かなりな迫力でしたよ

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小学生の時の話らしいんですが
クラスの男子と女子が
とっても揉めてたらしいんです
(トラブルの原因は記憶にないらしい)
1週間近くそんな状態が続いたある日
授業を始めようとした担任(女)が
教室の雰囲気が異様であることに気づいて
問いただしたんですね
すると女生徒の1人が
男子達とずっと揉めていて
クラスの状態が最悪であることを暴露
これでは授業にならないと
担任は急遽「学級会」を開催
そこで男子VS女子という形で
議論を戦わせることになったんですが
こういう正式な場となると
途端に弱くなるのが男子達
そこへつけ込む形で
一気に攻め入ってきた女子達の言葉が
マシンガンのように
教室内を駆け巡ってたその時
それまで一言も口をきかなかった
松本くんが手を挙げます
その意表をついた
核心部分に触れる彼の意見は
女子達の戦闘能力を
一気に萎えさせたらしいです
もともとこの男子VS女子の輪になど
入っていなかった松本くんなのですが
女子らのあまりに稚拙な意見の
量産体制に対して
タジタジになってる男子達の
情けない姿を見かねての
助太刀だったらしいです
初めてまともな意見に
面食らってる女子達でしたが
彼女らもそこで
引き下がるわけにはいきません
幼稚であろうが何であれ
松本くんへ反論の集中砲火を
浴びせかけてくるわけです
松本くんは松本くんで
売られた喧嘩は買わないわけにはいかない
ただ 問題なのは
必死に応戦しても
本来女子達の相手であったはずの男子達が
松本くんが参戦した途端
黙りこくってしまったことでした
知らぬ間に
女子VS松本くん になってしまっていたのです
あまりにヒートアップしてきたので
今日のところはこの辺で ということで
担任がストップをかけたらしいのですが
終わってから
男子達からの労をねぎらう言葉も一切なく
松本くんはしばらくの間
完全にクラスで孤立してしまい
挙げ句の果て 通信簿には
「松本くんは激情型の人間です」
と書かれる始末
あの時のことを振り返り 改めて思うのは
最初 女子達に対して向けられていた怒りが
途中から自分を独りぼっちにして
知らんふりし始めた
男子達に全部が向けられ
女子達への怒りなんぞ
綺麗さっぱり消えてしまってた

という話を
「松本人志の放送室」(2003年)でやってたなぁ〜
って思い出したんです

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番組の最後
松ちゃんはこんなことをふと漏らします

松本人志
「実はこういう奴らが
一番の「敵」やったりすんねん
敵じゃないから
こういうのが1番の「強敵」やねん
向こうから向かって来てくれるわけじゃないから
こっちから攻撃仕掛けられへんし
一見 「敵」に見えへんからタチ悪いねん」

 

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コンクール出場の可能性が限りなく薄くなり
そんなら辞めてやる と
家に引きこもってしまった優花の元へ
どんな悪態を吐かれようが
何度も何度も訪れるつばさの
あまりに「愚鈍さ」を体現した姿を
毎日見せられる部員達も
次々とインフルエンスされ
やがては大勢で森家の玄関前へ押しかけ
そのような事態に気づかぬ筈のない
春日までもが
部と個に引き裂かれた想いを抱いたまま
単独でそこへ乗り込んでくる様を
「ファンタジー」と呼ぶのなら
誰1人欠けることがあってはならぬ と
誓いを立てた「ちはやふる」
ここに含まれるのは言うまでもなく
これらとは対極の松本人志の話はまさに
「リアル」以外の何ものでもありません

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映画冒頭でいきなり提示される
「うつむく姿勢(態度)」

一歩間違えれば
つばさだって
松ちゃんの言う「強敵」に
なってたかもしれないのです

でも彼女は
上履きにちっちゃくイラストを描いてくれる
大介がいたことで
可能性を確認する作業に没頭でき
その作業を見せることで周りを感化してしまい
ついには「強敵」とは真逆のベクトルを
獲得するに至ります

20160824-101731

この「ファンタジー」の奇跡的連鎖こそが
今作の醍醐味であり
実のところ
最大のテーマと言えるのではないか
私にはそう思えました

仰々しく世界を語る前に
足元の「世界」に
立ち返ってみてもいいのでは?

「ファンタジー」を
一種の「反転」と解釈するなら
失敗は「失敗」ではなく
負けは「負け」ではないし
勝ちも「勝ち」などではなく
今一度 固有名の力を信じ
恐れることなくやってみればいいのでは?

そんなことさえも考えさせてくれる
見事な演出能力を堪能させてくれた
極上の1本でした

 

20160824-102334

 

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