ヘイトフル・エイト

2016/03/05 MOVIX堺
9/10

ナザレのイエスでさえ止めることのできない
降り積もる雪をバックに
これが私の「8」作目なんですよ
というシニカルなクレジットに続き
「ウルトラパナビジョン70方式」

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このクレジットを出す為だけに作られたのかもしれぬ
底知れぬ荒唐無稽さをぜひ享受していただきたい
とでも主張するかのように
「ペイルライダー」イーストウッド
いつ現れても不思議ではない
立ち込める雲との境目を失くした
雪山のロングショットで始まりを告げる
反時代的な所作が
我々の脳内にセッティングされたサーモスタットを
いとも簡単に狂わせ
冷静な判断基準を持ち得ないまま
迫り来る吹雪と共に姿を現わす
その“白”とのコントラストこそ
唯一の生命維持装置であるかのような
遺体を引きずる“ニガー”が
この先繰り広げるであろう惨劇を
予感するのが精一杯なまでに
濃密な映画的空間を魅せつけられているのだと
ハタと気づくが最後
その後はいつもながらの冴えわたる“ズラせ”により
こちらは後手後手に回らざるをえない事態となり
その掌で転がされてる感が実に心地よすぎて
何度か気を失いかけるもよし
おとなしく身を委ねるのもよし
という選択肢の広がりを体感する猶予
を与えられることにより
今ここからがまさに密室に他ならないのだと
腑に落ちることから始めてもよかろう と
自身を無理矢理にでも納得させる間も
映画はどんどん先へと進んで行き
触れてはいけない のではなく
決して触れることができない何モノか
との遭遇に立ち合っているのだ
という物々しい空気さえも漂い始め
こっちが変な汗を吹き出し始めるも
マーキス(サミュエル・L・ジャクソン)
二丁拳銃を差し出し
信じることこそが死につながるのであろう
ジョン(カート・ラッセル)
ライフルを向けることを頑なにやめず
ボケ倒して鼻から下が血だらけになっても
デイジー(ジェニファー・ジェイソン・リー)
不屈を貫くのだった

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山小屋以外までもが “密室” であること

そこで突然殺ってしまおうが治外法権であり
殺られても埋めてもくれない
建前上 銃規制が敷かれている現代ではなく
自称ガンマンであれば
誰もが携帯できた南北戦争直後という背景を伴い
馬車での単なる会話劇が緊張感で満たされるだけでなく
これをタランティーノが演出しているという認識により
始まって間もないこの時点で
主役級の誰かが撃たれる可能性を
決して否定できないという事態が生む
身の引き締まる緊迫感
この感覚の有無が
ノレるかノレないかの瀬戸際であるのかもしれません

途中
その登場する呼吸の悪さだけでキャラ立ちしてしまった
保安官クリス(ウォルトン・ゴギンズ)をも乗せた馬車は
ようやく【ミニーの服飾店】という名の山小屋へ到着します

A set from THE HATEFUL EIGHT Photo: Andrew Cooper, SMPSP © 2015 The Weinstein Company. All Rights Reserved.

「蹴り破って入って来い!」
中にいるモブレー(ティム・ロス)
ゲージ(マイケル・マドセン)の指示通り
扉を思いっきり蹴り開けて姿を表すジョンと
手錠で繋がれたデイジー そして
素晴らしく吹雪く中
そのすぐ向こうで待機する馬車を中心に
画面右に座るモブレーと
その左で彼と向かい合う老将軍(ブルース・ダーン)
を手前に配した
ウルトラパナビジョン70 なのはこの為だ!
と言わんばかりの決まりすぎた構図が笑いを生むという
とんでもない事態を招き
開けたらいちいち板っぱしを
2枚以上釘打ちするルールとなってる
まともに開かず閉まりもしない扉 と
まともな味がしないコーヒー
そして
売り物の服飾アイテムが一切見当たらない
まともとは言えぬ服飾店の実態 がより一層
おそらくこの先に訪れるのであろう
笑っていいのかギリギリの選択を迫られるシーンの連鎖を
いやが上にも予感させるのです

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馬小屋で
ボブ(デミアン・ビチル)がマーキスに言います
「あとはやっとくから先に店へ行ってな」
死にたくなるような寒さ
普通ならありがたいお言葉のはずが
「いや 俺が手伝った方が早く済むだろ」と
マーキスは優しい言葉に乗ろうとしません

マーキスにとって 何かがおかしいのです
逆にボブにとってマーキスは
予期しなかった招かれざる客である ということ

まず最初に自分たちを出迎えた目の前のメキシカン
明らかにマーキスが知る服飾店には
似つかわしくない人種であるわけです
そこへ持ってきてこのボブとやら
そこそこ優秀とされる町の保安官がやるような
奇妙な言葉のトラップをかけて変な探りを入れてくる
ますます疑わしくなリますが
場数を踏むマーキスは
あえてその罠に乗っかることで考える猶予を得
その後 2人仲良く店へ向かい
段取りよろしく扉を蹴り開け
中へ入って釘打ちする間に
知っていた店内の空気とは真逆のニオイを瞬時に嗅ぎとり
そのただならぬ気配によって
“死”を意識し始めることとなります

光源をはっきりさせないテーブルへのスポットライトが
バーのレイアウトのようで不自然である とか
壁の隙間から入り込み降る雪が
「クリムゾン・ピーク」のように
審美的過ぎて好きになれない だとか
もしかしたらそのようなご意見をお持ちの方々が
いらっしゃるのではないかと察しますが
もちろんこれらは敢えて為されていること
過酷な白色である外気とのコントラストの構築
つまりは“抽象性”の獲得故であり
一歩外へ出れば正気ではいられない凄まじい気候によって
いつ撃たれたのかも分からぬまま死んでいく楽観性
とは真逆の悲愴感を増幅するための
暖炉や光によるノンストレスな暖色系の現前
さらには自然の雪をも取り入れた動的な模様替えによる
銃を持たない方がどうかしてる空間での全員の脳を
一旦無理矢理にでも冷静に保たせ
死が迫る恐怖へ平等に向かわせないといけない使命
を背負った映画的装置に他ならないのです

「イングロリアス・バスターズ」
クリストフ・ヴァルツがミルクをご馳走になる
フランス人酪農一家のくだりで魅せた
死を目前に予感しながら正気でいることの残酷性 を
あのようなあからさまなリアル志向ではなく
「レザボア・ドッグス」での倉庫で繰り広げられた
“抽象性”で蘇らせようとしているんですね
もっと言うなら
「レザボア・ドッグス」を
70ミリで撮り直してみたいという無意識的願望であり
床下に誰かが潜むというコンセプトは同じであれ
後に出る床下からの乱射に関する伏線になりかねない
床板の軋みが低く抑えられているのは
その為でもあるのです

床下の気配を示唆させる伏線として理解すべきなのが
マーキスが見つけてしまう
床板の間に落ちてた赤い1粒のジェリービーンズですね
もちろんマーキス自身 それが何を意味するのか
理解できていなかったはずです
単に誤ってガラス瓶から落ち出たのか
何かの拍子に瓶ごとひっくり返って
掃除し忘れた1粒なのか
いずれにせよ彼にとってそれが
不吉なものであることに間違いありません
つまり 彼の記憶装置には
メモリーされていないんです
かつて床にジェリービーンズが落ちていたという事象が

掃除しきれなかった1粒
確認しきれていない3人の正体
いや 果たしてこの3人で全員なのか?
彼の中でこの連想がなかったなどと
彼自身でさえ言い切れなかったはずです


その床下野郎張本人である
ジョディ(チャニング・テイタム)
聞いたこともない役者ならまだしも
これほどに名の知れた男優をあえて選択し
出す義務などなかった筈なのに
初っ端のクレジットから
堂々と登場してしまってるという
言ってみりゃ これほどの挑発行為もないわけです
後半に差し掛かってもまだ現れず
おそらくこの後 別の舞台が用意されるなんてことは
まずないであろうことを考えると
床下に潜んでることくらいしか思いつかず
なんとそのまんまでした
いきなり下からマーキスのキンタマ目がけて数発発砲

ダウンタウンの漫才でありましたよねこんなヤツ
「2丁目の松本やけど
さっきアンタとこの子供誘拐したから」

この人を食った自爆行為こそ
“抽象性”へ目を向けさせる合図であり
これにより何を獲得するに至ったかを
共に考察しようと目論む
極めて倫理的な行為なのです

ジョンがデイジーの顔面を何度も殴りつける行為も
この“抽象性”という観点から
考察していただければなぁ と思います
あの何度かの行為を暴力的であると糾弾するのは
ごもっともです  しかし
タランティーノの真の狙いに目を向け そこへ
彼の全身に宿るであろう“照れ”を重ね合わせれば
また違った考察が生まれるのではないかと

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“照れ”が沸点に達した時
遠慮のない残虐性が出現してしまうのは
優れた映画作家の業なのかもしれません
が 彼の場合
そこへ到達するまでのタイミングに
他を圧倒する強度を兼ね備えてもいます

服飾店へ到着したジョディら4人が
目配せしつつ実行されるに違いない「皆殺し」が
どのような形で開始されるのかは言うに及ばず
老将軍に銃を取らせるまでの流れであったり
言葉でのトラップの仕返しも含んだ
ボブへの容赦ない至近距離での銃撃など
今回も色々と楽しませてくれてる中
やはり特筆すべきは
毒入りコーヒーを飲まされたジョンが
テーブルで血反吐吐くまでのくだりです
もしやさっき入れられてたのは毒でないのでは!?
と思い直すほどの贅沢な時間の取り方
「今かよ!?」と
拍手しそうになりましたよ思わず
アッパレです

マーキスのコートを縦に貫くラインの黄色具合を見て
ユマ・サーマン「死亡遊戯」コスチュームを想起し
“ニガー”を最重要人物として差別化する意味を問うたり
監督は「エクソシスト2」の旋律を奏でさせ
女優はリーガンのモノマネで盛り上げるも
顔じゅう真っ赤の「キャリー」にされてた
デイジーという存在の奇妙なバランス体を軸に
作品自体を今一度振り返ってみると
ようやくというべきか
「〜ではない」
という言葉が抵抗なく浮上してきます

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ミニーの味そのものであるということは
ボブが作ったシチュー“ではなく”
「遊星からの物体X」さながらの
真っ白な息のアンサンブルに
不意に訪れる埃(ほこり)の舞とは実は
雪“ではない”という合図に他ならず
紳士服店などでは“断じてない”ミニーの店の
床に落ちてたジェリービーンズ1粒は
不用意な掃除の結果“ではなく”
悪戯好きな「神」の仕業かもしれず
それは単なる70ミリ方式“ではない”
1×2.75の〈ウルトラ・パナビジョン〉であることへの
あくなきこだわりへとダイナミックに変奏され
執拗に攻められて血だらけとなっても
何度でも立ち上がってみせるデイジーの口から
ついに発せられなかった言葉とは
「これは暴力“ではない”」
というたった一言であるべきだし
「ここから決して目を逸らしてはならない」とは
もはや作り手側の問題“ではなく”
我々自身の揺さぶりへシフトし
これも満を持してと言うべきなのか
9にも10にもなりうると知らされ
いささかも「エイト」“ではなかった”と
気付かされた瞬間
俯瞰的トラップという大がかりな仕掛けに身を任せ
洗いざらい一から全部やり直してみる
という「態度の変更」こそが
「これは映画“ではない”」と言い続ける
デイジーさながらの不屈な精神性であり
単なる二次元スクリーンへ投影されるものに
一喜一憂する行為を含んだ
そんなもの本気で作っている自分自身をも
笑いの対象とする
“タランティーノ”ととりあえず名付けられた
「映画」に対して
長すぎるだの 突っ込みどころ満載だの と
箸にも棒にもかからぬ
100均並の言葉しか連ねられない貧しい現状に
いい加減ウンザリしている次第です

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ラスト
デイジーを絞首刑にした後
「例のリンカーンの手紙 見せてくれないか」と
マーキスは頼まれ
それを手にとったクリスが淡々と読み上げます

ニガーが生き延びるためにデッチ上げた言葉のトラップ

その真実を知ってガチで落ち込んだジョンの片腕が
今でもデイジーの横でぶら下がったまま
瀕死の重症で動けない2人を睨んでいます

物語性とは フィクションとは
いかなる力を持ち 世界へ発信されるのか

リンカーンからの手紙
というフィクションまみれのアイテムによって
「ヘイトフル・エイト」自体を
笑いの対象へと変換してみせる前に
ある重要なことが行われていたことに
我々はふと気づかされます

皆殺しのつもりで訪れたはずの【ミニーの服飾店】で
ジョディは老将軍だけを
傷一つ付けず生かしておく選択をするのです
「年寄りがいると説得力がある」

これはつまり「映画」そのものを語っていたのだと

フォードホークスの西部劇に必ず
年の功を発揮する老人が登場していたことへの
敬意だけに留まらない
ある種 映画的覚悟の表明でもあり
リンカーンからの手紙 の威力を
最大限に引き出すための
あれは 衣 であったわけです

これは現実“ではない”
ただ 「リアル」であるのだ と

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“ヘイトフル・エイト” への 4 件のフィードバック

  1. サイトの修正作業お疲れ様でした。
    お陰様でサクサクとページが開いてとても快適に見られるようになりました。ありがとうございました。
    これからも面白いレビューを期待しています。

    「ヘイトフル・エイト」
    私は2回鑑賞しましたが管理人さんの批評を読んでもう1度見に行きたくなりました。

    マイケル・マドセンがミニー達の殺戮の後残りのひとりを仕留める為に店の外に出るところとか結んでいたバンダナで首の手当てするところとかが私の好きな場面です。

    不満はミリー達、特にゾーイ・ベルの死に方がきれいすぎること。
    ジェニファー・ジェイソン・リーがあんなに頑張ってるのに。
    それとシチューが出て来た時は嫌な予感が走りましたが外れて良かったです(笑)。

    1. ぽぽこさん コメントありがとうございます

      お礼を言うのはこちらの方です
      本当に感謝しております

      「ヘイトフル・エイト」
      今これほどの志のもと 映画を撮ろうとする作家がどれほど世界にいるのか
      それを考えると がむしゃらに褒めたくなった結果が
      この感想となりました

      マイケル・マドセンがミニー達の殺戮の後残りのひとりを仕留める為に店の外に出るところとか結んでいたバンダナで首の手当てするところとかが私の好きな場面です。

      確かに!
      マイケル・マドセンから逃げても
      彼はまた別の「密室」に行き着くだけだったのですね

      ゾーイ・ベルの死に方
      ぽぽこさん なかなか厳しいーっ(笑)
      さてはタランティーノマニアですね

      ジェニファー・ジェイソン・リー
      彼女はハリウッドの安藤サクラです(爆)

      シチューはマジ美味しそうに食ってたなぁー

      今から「牡蠣工場」という映画観に行きます

      どうかこれからもよろしくお願いいたします

  2. ご無沙汰してます。

    午前10時の映画祭で見た「続・夕陽のガンマン」。
    リー・ヴァン・クリーフがシチューを食べてるシーンで思い至りました。あの食器、あの匙の持ち方、カート・ラッセルが食べてたシチューだ!。
    調べてみたらタランティーノ監督はこの映画の大ファンだとか。
    もしかしたらファンの間では周知の事?かもしれませんが何だか嬉しくなりました。
    ちなみに「ガンマン」のシチューの方が野菜たっぷりカラフルで私の好みです。

    >「ジョギング渡り鳥」
    >絶対に観なければならない映画というものが世の中に存在すること>を見事に証明した一本!

    を見事に見逃して意気消沈していましたが来週には待ちに待った黒沢清監督の新作を見に行けるので今から楽しみです。

    管理人様もお忙しいとは思いますが「ダゲリオ・・・」のレビューが読める日を心待ちにしております。

    1. ぽぽこさん お久しぶりです

      1ヶ月以上全く更新できてなくて
      ぽぽこさんはじめ 読者の方々にご迷惑おかけしている
      管理人でございます

      何やかんやと観てるんですが
      どうにも書く暇がなくて
      放ったらかしになってしまってます
      すんません

      ぽぽこさんの話のせいで(笑)
      またあのシチュー思い出してしまって
      昨日スーパーで食材買っちゃいました
      近々大鍋に肉たっぷり入ったやつ作る予定です
      皿とスプーンにも凝った方がいいかもしれませんね
      そうそう 食べ方もね
      何なら一週間ほど風呂に入らず
      くっさい体臭プンプンで挑むのもいいかも

      黒沢清の新作も実は既に観てるんですよ

      んー・・・ちょっと微妙な感想ですね私は(苦笑)

      もし時間ができたら
      書けてなかったものを順に短評みたいな感じで
      載せてゆくつもりです
      時間に余裕が出来るまでは長文は無理っぽいです

      どうか気長にお待ちください

      また時間がある時にでもコメントくださいね

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